行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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埋もれずにゴミとなる
hako

形(かたち)とは鍛えられるもの…だとしばしば思う。
石を彫って何かの形をつくる。
木を彫り、組み上げ何かの形をつくる。
鉄を切り溶接し、形をつくる。
土もまたしかりだ。

切り、割り、削り、たたき、磨き、張り合わせ…
形作る行為というのは、まるでモノ(素材)に形を覚え込ませるような営みともいえる。
それは石や木といった「実材」でなくても、絵の具や墨、インクなどもあてはまる。
モノたちはある形に鍛えられて、この世に出現する。
鍛えられた形は「人の意思」で満たされる。
モノに命を吹き込む、などと言ったりもする。

博物館で石器時代の石斧や石包丁などを見かける。
石器時代の人々は、鋭く割れる石を選び、程よい大きさや鋭利さを求め石を割り、研ぎだし斧や包丁を作り出していた。
土の中から、それらが発掘されるとき、すぐさまそれらが使われた時期や人々の事が特定できる訳ではないだろう。情報量はかなり少ない。
しかしそれらが人間の手で作られた事は直感的に伝わるものだ。
他の石ころとは違う、人の手によって「鍛えられた」かたちである事が伝わるからだ。

ルーブル美術館にあるミロのヴィーナスは、ギリシアのミロ(メロス)島の農夫が畑仕事をしていて、土の中に埋まっているのを偶然発見したものだ。
想像するに、はじめ鍬などの先に像の一部があたり、何かと思いその辺りの土を除けていくと、大理石の石肌が現れる。その微妙な膨らみのある形は建築部材のような幾何学的なものではないようだ。どんどん土を掻き払っていく。始めに出てきた形の奥には細かな曲線をもつ部分がでてきた。なんと耳の形をしている。彫像に間違いない。そして順次、頭が、胸が、腰がというふうにでてきた…順番などはどうでもいい。

メロス島には行かなかったが、ギリシアの土は赤黒い粘土質といったものではなく、かなり白っぽい黄土色だ。大理石は白肌色といえばいいか、そんな色の彫像が埋まっていたとしても、そんなには目立たない。手先で慎重に被っていた土を払っていくうちに、分かってくる。その石が「鍛えられた」形であると感じられた時のときめきはどんなだったろう。
掘り進むうちに想像をはるかに越える発見に身震いした事だろう。

学生時代、奈良巡りをしていて、聖林寺の十一面観音像と出会った。
あまりの美しさに感動し、時の経つのを忘れ見とれていたのだが、
その時、そこの僧侶がこの観音像の由縁を話してくれた。
もう、その話のほとんどは忘れてしまったのだが、やはりミロのヴィーナスと同じように観音像も一旦は打捨てられ土に埋もれてしまったのを、偶然発見され掘り出して寺に安置したという話だった。洋の東西で似たような話があるなと感心して記憶した。
この文を書くにあたり、聖林寺のHPを確認してみたが、上記の話はでていない。奈良を再び訪れる事もあるだろう。その時の宿題としておこう。
ここの十一面観音像は奈良時代創建の大和大御輪寺の本尊だったそうだ。
天平時代の傑作の一つだ。

ともかく…
人が作り出したものーそれがどんなに素晴らしいものであっても、廃棄されることがある。
いや、ほとんどが廃棄される。
時代キャストの交代か、価値観の変遷か、あるいは放棄せざる得ない事件のせいか、新たな局面には不必要なものとなり、棄てられ、忘れられ、埋められ、埋もれていくのを黙認されてきた。それが歴史ということなのだろう。
「人の歴史は廃墟となる」とはベンヤミンの言葉だ。

しかし、棄てられ、忘れられ、埋められ、埋もれたものたちも、時を経て、ある時発見される時がある。発掘され、再びこの世にその姿を現す事がある。
もちろん発見、発掘されるものすべてが価値あるものとして歓迎されるわけではない。
見つけられたが、またすぐに廃棄されるものもある。
選別の基準となるのは「鍛えられた」形であるか否かであろう。
それがすべてではないが、はじまりではある。

我々の生きているこの時代が廃墟となったとき、何に埋もれることになるのだろうか?
もう土砂に埋もれる事はないだろう。
鍛えられた形もそうでないものも、一時代が過ぎれば、それはゴミとなり分別される。
ゴミの分別は材質別に行われ、処分される。
ここがベンヤミンの生きた時代とは大きく違うところだ。

石は砕かれ砂利として撒かれ、
木は燃やされ、
鉄やブロンズは地金として溶かされる。
埋められることもなく、埋もれることもない。
「再発見」も「発掘」も無い。ましてや「土に帰っていく」という事の無くなった時代を、私たちは生きている。

aoioka


上の写真は『青い丘』という作品だ。95年の個展『現代に思ふ、土に想ふ』の時に展示した。
この展覧会までにつくられた作品たちは、常に「自分、自分のこと」というのが陰を落としていた。しかしそれもこの個展がきっかけとなり、ふっきれた。
テーマが次に移行する事により、この時に展示した作品たち、つまり95年までに作られた作品は『無用』のものとなった。どこかに「しまっておく」ことにして、忘れてしまっても良かったのだろうが、『何に埋もれることになるのだろうか?どう埋もれさせる事ができるのか?』ということが気になった。

5年が過ぎた。
2000年6月の個展は『失ったのは記憶、されど行く』とタイトルをつけた。
つくられたものたちが、何に埋もれさせる事ができるのか、どう埋もれてしまうのか、何の答えも見つけられなかったが先に進まなければならないといった、気合いというか気負いのタイトルだった。

そして同じ年の暮れ、丸木美術館での展示では一度自らが「埋めてみよう」と思いたった。
「自分、自分のこと」という陰が落とされた作品たちを土に埋め、その上に、その後の作品を置いてみる…そして何が見えてくるのかを見てみたかった。※1

「埋まった」作品たちの姿は悪いものではなかった。
しかしあくまで“展示”であったので仮の姿だった。
数年後、この時の「埋めた」作品のうちから3点が韓国の慶南美術館に引き取られることになった。今頃は”展示”も終わり倉庫の中にしまわれている事だろう。
美術館の裏庭にでも埋めさせてくれと申し出た話は以前書いたが、実現する可能性は今のところ薄い。※2


※1/ http://rofungsok.ro21.org/1.html

※2/http://yukue.ro21.org/?eid=521137
    http://yukue.ro21.org/?eid=522078

kohyang

写真/開発の進む慶南美術館のある韓国・昌原市街





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