行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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「いにしえ」との遭遇
greece

幼い頃、自分の住む街の「風景」は、当たり前だった。
当たり前ーというのは、
それが「いい風景」だとか、「いやな風景」だとかいう判断以前だった、ということだ。
それは自分の親が、この人たちで当たり前ということと一緒で、
それが「いい」とか、それは「いや」とかいうものではなかった。

風景のことを感じたり、考えたりするようになったのは大人になってからなので、
相応に幸せな子供時代を過ごしたということなのか、
あるいは、そんなことは考えもしないぼんやりした子供だったということになるが、
どうも後者のようだ。

風景や景色というものを強く意識しだしたのは、一人旅にでるようになったころからだ。
十七だか十八だった。
建築家・菊竹清訓の本を読み、何だかやみくもに出雲大社が見たくなった。
当時「青春十八キップ」があったのかどうか知らないが、
とにかく金がないので、急行には乗らずにひたすら鈍行を乗り継ぎ行ってみた。

夜行で東海道を下ったのか、早朝の列車に乗ったのか忘れたが
出雲市駅には真夜中についた。
それまで関東以外は行った事がなかったので、
すべてが新鮮で、おまけに一人旅という事もあり、
まるで海外にでも行ったような気分だった。

出雲大社の社殿は圧倒的な存在感だった。
30数年前の記憶で詳細な事はすべて風化してしまったが、
圧倒された記憶だけは、いまでも鮮明に残っている。
何で自分がこんなに感動しているのか理解できなかった。
長い歳月が過ぎたいまでも明快に語れる自信はない。

その圧倒された記憶は衝撃となり、自分の中の何かを大きく変化させた。
脳の中の塞がれていた部分が、突然開いたような感覚だった。
「いにしえ」との遭遇ー
そんな感じだろうか、
東京でも比較的新しい街に育ったせいで、
身近にいにしえを感じさせる風景はまったくなかった。

ややこしいことに、出雲行きが与えたインパクトは、
もう一つの窓をも開けてしまった。
一人旅…
友人との二人旅、家族旅行、グループ旅行、修学旅行のような団体旅行
それぞれに思い出はあるが、一人旅は全く違う。
自分との旅…
世の中のすべてと自分が、一対一で向き合える旅

「いにしえ」との出会いー
一人旅…
振り返ると、この二つの事がその後の人生を決定づけたようだ。
といっても、考古学に進んだ訳でも、旅人に専念できた訳でもなかったが
この二つの誘いが、強い力で人生を引っ張ってきたような気がする。

出雲大社に行った頃は、まだカメラは持っていなかった。
その後も写真を撮るという事さえ煩わしく思え、カメラ無しであちらこちらを歩き回った。
一人旅の記録としての写真が残り始めるのは、
出雲行から十年近く経った後からで、ギリシアの旅あたりからだ。

パルテノンはもちろんのこと、ミケーネ、クレタ島は
すばらしい「いにしえ」との出会いだった。

greeve2

上の写真はミケーネ-獅子の門
下の写真はクレタ島-クノッソス宮殿
二枚とも三十数年前の写真でだいぶ退色しているが、もともとおもちゃのようなカメラで撮ったものなので質はだいぶ悪い、




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