行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
<< 来年もKYにしてKKでいくしかない | main | 自然を搾取することは、人間を搾取すること >>
道行く人々の顔は無表情で青ざめていた
jipsy

厚着をしていたので、映画館に飛び込んだときはかなり汗ばんでいた。
夕闇が迫る頃の街というのは魅力的で、上映時間が迫っているのに
かまわずシャッターを押し続けていた。
結局、渋谷の街中をカメラをかかえて走る事になった。

急いで重いコートを脱ぎ、席に着いたと同時に映画は始まった。
まだ息が上がっていた。
始まってまだ数分だった。スクリーンの奥から歌声があふれてきた。
女の声だが太くかすれている。言葉は分からない。
しかしメロディーはどこかで聞いたようななつかしいものだった。
目から涙がこぼれた。

泣ける、泣けたという余裕ではなかった。
映画は始まったばかりで、まだ何も語られてはいない。
まるで条件反射のように、その歌声に、何を歌っているのか分からない歌に
3秒で勝手に涙がこぼれてしまった。

歌声の主は、ジプシークイーン エスマのものだった。
マケドニアの女性歌手、中年以上だろうが年齢は良く分からない。
美空ひばりを連想した。
「声」というのは、すごい力があるものだと思い知らされた。

映画は『ジプシー・キャラバン』
インドの北西、ラージャスターン(パキスタンに隣接)を起源として
11世紀から世界に流れていったジプシー(ロマ)達の末裔
その優れた音楽は、各地のものと融合したようだ。
現在はスペイン、ルーマニア、マケドニア、インドに住み
その地で活動する5つのバンドがアメリカツアーを行ったドキュメンタリーだ。

とにかくその音楽には圧倒されっぱなしだったが、
そこは映画の作り手がこだわったところらしく、魅力は十分に伝わって来た。
何より彼らの人生、生きている風景をきちんと映像におさめて
見せてくれたのはすばらしかった。

インド・ラージャスターン
踊り手である男性に家の中でインタビューしている。
男性の向こうには戸外が見える。
そこをラクダが横切る。
この地ではラクダはまだ重要な交通手段のようだ。
ラクダが人を乗せて歩いているのが普通の風景なところだ。

ルーマニアは、ジプシー村に住んでいるバンドなのだが
首都から20キロしか離れてはいない村だが、かなりの田舎風景だ。
バンドの中心的な存在だった最長老ヴァイオリン弾きニコラエが亡くなり、
その家の窓の外で、仲間達が夜通し演奏する姿は
人を送る真の姿に思えた。

八年前、父を見送った。
その出棺の時、お経も大切だろうが、歌で送ってあげたかった。
朝鮮民謡を。
歌ってくれる人を、知人に探してもらった。
歌手はそれなりにいたが、みな断られた。
そのときの事を思い出した。

ニューヨーク、ロサンジェルスなどの大都会に
それはそれはローカルな土地に住む彼らの音楽が鳴り響く。
熱狂する聴衆。

映画館はほぼ満席だった。
映画が終わり、感動と興奮をもって館をでた。
素朴で豊かで濃い顔を2時間見た後、
冬の夜の渋谷、道行く人々の顔は無表情で青ざめていた。


| 風景の行方 | 18:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック機能は終了しました。
トラックバック
CALENDAR
S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< January 2020 >>
LINKS
PROFILE
SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
ARCHIVES
RECENT TRACKBACK
モバイル
qrcode