行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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東京は幻想都市へ
matsuya

銀座から京橋に向かっていた。
新しいデパートがオープンしたらしく、入り口前は人でごった返している。
平日の午後なのに、なんと人が多い事か…
マロニエゲートという名称で、正確にはデパートではなく「都市型商業ビル」というものらしいが、去年できた表参道ヒルズなどと同じようなものだろう。
キラキラのファッション、したたる汁フーズ、セレブなグッズなどなど…
六本木には東京ミッドタウンという訳の分からない名称のものもできた。
「過剰消費文化施設」ともいえるだろう。

生来、人混み嫌いで、人の少ないところばかりを好み、いつもなら避けて通るところだが、ふらふらと「出来心」で入ってしまった。案の定、きらびやかな品々を見る事も無く、人の頭ばかりを眺めることになった。
ショップに群がる人々、エレベータを待つ多くの背中、エスカレータで下ろされてくる老若男女、上がって行く栗色の髪、黒髪、茶髪、とりどりの帽子…
まるで「お参り」のようだ。

東京に次々と建立される「過剰消費文化施設」は高級ブランドなどをご神体として、多くの信者を吸い寄せる。信者達はありがたく、そのオープンを待ちわび、並び、群がり、あがめ、ため息し、そしてお布施をして帰って行く。
お布施はバッグや靴、お洋服となり、「おふだ」として持ってかえられ、日常の中で安心と優越、気晴らしを与えてくれる。もっとも現世利益が保証されている信仰だ。
もちろん過剰消費品ばかりを売っている訳ではないだろうが、戦略として過剰に導き、文化にしようとしている事は間違いないし、それが宿命だ。

「過剰消費文化施設」は幻想を売る。夢を売る。
「東京一人勝ち」はますます東京を幻想都市へとして変えて行く。
幻想は事実を嫌う。真実は見えない方がいい。
痩せた女が美しいとされるのは、時代の幻想だ。
幻想は拒食症や摂食障害を生んでいる。
現実という裏打ちの無い幻想は肥大化しやすく、時として恐ろしい状況をつくりだす。戦争の多くは、まるで幻想使いのような輩(やから)が、大衆を幻想により戦地にむかわせたし、現在も向かわせている。

夢想、理想、幻想、仮想、妄想、思想…人は何かを想わずに生きてはいけない。
人は小さな夢や希望、理想が持てなければ、幻想や幻覚を求める。仮想の中で生きたいと望むようになる。ある者は幻想使いの言葉に従い、だまされ。ある者は麻薬を使ってでもと溺れる。

夢を持つ事がむずかしい世の中と言われて久しい。
「想」は「想」をもってしか克服はできない。
幻想を打破するには、違った「想」しかない。


ginza2
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