行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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追悼 今村仁司先生
imamura

今月5日に今村先生が亡くなられた。
ショックだった。

ようやく新作の完成も見えて来たので、できあがったら写真に撮り、
それを手みやげに訪問しようかと思っていた矢先だった。
年賀状にもそのように書いて送った。

3年前の4月、研究室にお邪魔した。
新作について先生にお願いがあってうかがったのだった。
私のつたない作品についての説明を注意深く聞かれると、
すんなりご承諾いただき、ベンヤミンをからめて様々な話をしていただいた。

そのつい先日まで入院されていたので、ご体調がきがかりではあったが、
お元気な様子で、話があまりに面白く、ついつい長居をしてしまった。
確か、直前に岩波から清沢満之の本を出された時期であったこともあり
浄土真宗や親鸞の話もされていた。

今村先生の本を始めて読んだのは、『群衆-モンスターの誕生』だった。
「面白く」熱中して読んだ。以来、何冊か先生の著作を買い求め読んだが、
『近代性の構造』『ベンヤミンの〈問い〉』と並び、いまでも最も好きな本だ。

何のきっかけでダニ・カラヴァン Dani Karavanという環境彫刻家を知ったのかは
忘れてしまったが、そのカラヴァンがつくった「ベンヤミンへのオマージュ」が
スペインのポルト・ボウというところにある。ベンヤミン終焉の地だ。
残念ながら写真でしか見た事はないが、すばらしい作品だ。
死ぬ前に必ず行こうと思っている。
ベンヤミンのことは、その作品を通じてはじめて知った。

ダニ・カラヴァン→ヴォルター・ベンヤミン
今村仁司→ヴォルター・ベンヤミン
違った軌跡は同じ点の上で交差した。
いま、今村先生が訳されたベンヤミンの『パッサージュ論』を読んでいる。
3巻目に入ったところで訃報を知った。

図らずも研究室を訪ねたあの日が最後になってしまった。
あの時の約束を果たせないまま3年も時を送ってしまい、
今さらながら、自分の亀のような鈍さを恨めしく思う。

先生は多くの研究をなされ、多くの思想を紹介されてきたが、
それは常に自らが思索された「ことば」を用いてであった。
その残された「ことば」は、これからも多くの読者の中で生きて行くことだろう。

作品を見ていただく事はかなわなくなり、とても寂しいが
まだまだ教えていただくことは多い。

今村仁司先生について
http://ja.wikipedia.org/wiki/今村仁司

kara_okabe
2000年個展『失ったのは記憶、されど行く』
大雨にもかかわらず会場に足を運んでいただいたことを、よく思いだす。


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