行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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しびれている奴が多すぎる
殻とブル

消費は必要なばかりでなく、麻薬的な効能もある。
昔、「消費は美徳」などという語が巷を闊歩したこともあるが、
「美徳」ではなく「媚薬」のほうだろう。

思いっきり買物をすると気分がすっきりする。
一生涯に履ききれないほどの数の靴や服を買う。
金がなくなれば借りてでも買う。
消費は小さな満足を満たし、大きな欲求を生む。
脳髄をしびれさせる薬でもある。

人は消費者として生まれてくるのではないが、消費者として育てられる。
やがて「金で買えないものはない」といった錯覚さえ持つようになる。
その心は「金さえあればいい」
やがては「金を得るには何をやってもいい」となる。
だいぶしびれている。
しびれている奴が多すぎる。

少し前に、ナリキンヒルズに住む小太りの男がメディアに露出し、「金で買えないものはない」と広言して大ヒンシュクを買っていたらしい。
小太り男の暴言、ヒンシュクの出どころ、なんだか構図は見える。構図は図以上のものを示す事はない。

金・消費が、人を取り巻く大きな、とてつもなく大きな囲いとなっていることは間違いない。

そして、その囲いの深い底に私は住んでいる。

走る鉄格子
| 風景の行方 | 18:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
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