行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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彼らはものすごい数の金銀細工を身につけていた
diamond

コロンブスの新大陸発見から40年後、同じくスペイン人のピサロはペルーに到着し、侵略、インカ帝国を滅ぼした。

史実として知ってはいたが、生々しい情景は想像すらできなかった。
一冊の本を読んでいて、それにでっくわした。その本は
銃・病原菌・鉄(上)
一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎
ジャレッド・ダイアモンド 著
倉骨 彰 訳
草志社
というものだ。
この本を読んでいて鳥肌が立つような景色と出会った。

ピサロの軍勢がインカ帝国の皇帝アタワルバを捉えた日のくだりだ。従者たちが書き残したもので、筆者がその日の出来事の再現を試みている。

1532年11月16日、ピサロの軍はたった二、三百名で、ペルーの高地カハマルカに入り込み、インディオ8万人を従えたインカ帝国の皇帝アタワルバを待ち伏せしていた。彼らは圧倒的に多い敵に、失禁さえしつつ恐れおののきながら、敵が近付いてくるを待っていた。

以下文中より抜粋
ーー正午になると、アタワルバが家来を集め、近づいてきた。平原はすぐにインディオたちでいっぱいになった。…二〇〇〇人のインディオがアタワルバの先導役をつとめ、それにつづいて二つの隊列に分かれた戦士たちがアタワルバの輿をはさむように進んできた。
 最初にやってきたのは、色とりどりに着飾ったインディオたちだった。地面の葉を拾い、道を掃き清めながら進んで来る彼らはあたかもチェスの駒のようだった。彼らにつづいて、それぞれ違う服で着飾った三分隊が歌い踊りながらやってきた。それから、甲冑、金属製の鎧、金銀の冠をつけた男たちが大挙してやってきた。彼らはものすごい数の金銀細工を身につけていた。日の光がそれに反射してきらめき、その驚くべき光景の中を、横木の端に銀細工がほどこされた美しい輿に乗ってアタワルバがやってきた。ーー

金銀細工とは、戦闘の後に勝利して得るものだ。戦闘のために金銀細工を身につけて登場するとは、遠い未来の我々には想像しにくい。ピサロ達は重い鉄の鎧をまとっていただろうが、まさか金銀細工でぴかぴかになってはいなかったにちがいない。まさに古代と近代(の曙期)の衝突の瞬間だった。
| 遙か遠くの光景 | 17:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
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