行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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コギトの椅子
cogito

歴史とは面白いものだとよく思う。
目に見えるものではない、触って確認できるものではない。しかし誰もが簡単に口にする。
遺跡、遺物、美術品、土や板や紙に書かれた記録、写真や映像。それらは「歴史的遺物」ではあるが、歴史そのものではない。

歴史的な遺物やそれにまつわるエピソード、伝承、記憶などから想像、構成されるものが歴史なのだ。過ぎ去った日々は確実にあったものだが、いまは幾つかの遺品だけを残して消えてしまった時間。
歴史とは時間、記憶が枯れ、風化し土にかえったものとでも表現すればいいだろうか。そんな「歴史」そのものを何か見える形で表せないないだろうかと、かねがね考えていた。

ある日、椅子の形をした作品の姿が思い浮かんだ。
うまい具合に、仕事場の隅には改装工事をしたときに使った柱材の残りが、幾本か放置してあった。ほこりを払い、雑巾で拭いてやると、充分使えそうだ。少し材料を買い足せばいけるだろう。どんな形の椅子にするかは、閃いたイメージを忠実に再現すればいいので、苦労は無いのだが、さて、それからが、なが〜い作品との対話、格闘の日々だった。

結果的に、実に長い時間がかかった。着手からなんと一年半かかってしまった。
つくっては壊し、またつくるの繰り返しだ。最初に思い浮かんだ時の姿は、実に無責任なイメージだけで、それを「いま」の自分と折り合わせる作業に多くの時間がかかってしまった。


cogito2


椅子を知らない人は、この世にはまず居ない。万人の知る当たり前の「かたち」だ。
このかたちを借りて、かねがね思っていた「歴史」を表してみようと思う。椅子の柱、桁、背もたれ、座面のすべてに無数のひとの姿を彫り込んだ。森の中に生まれ、木を切り出し、やがて集落をつくり、他集落と奪い合い、砦をつくり、争い、巨大な権力を築き、他を殲滅、支配する…こういった姿を彫り込んだ。

風化して土にかえった時間や記憶の上に、新しい生活が生まれ営まれているのだから、歴史というのは足下にあるといえばあるのだが、普段は不可視で、特別に意識もされない。その存在が「当たり前」と認識されているというところが、椅子のかたちと似ている。

現在と歴史がつながっていることは、日々の繰り返しの中に突然起こる事件、事故、矛盾、衝突、紛争という現実の「裂け目」を通して知る事になる。例えば、ある事件を通して、ある個人の個人史を、その人の育った地域史を、その時代史を知りたくなくても知ったりする。

椅子には「裂け目」を作った。そして日常の風景を写真で挿入した。
現実・風景の裂け目から歴史をかいま見るのではなく、歴史(椅子のかたちをしているが)から現実・風景が見えるという事になった。

cogito3

作品が大方出来上がりつつある頃、これをどういうところにおいて見るといいのかを、しばらく考えていた。どう考えても現実・風景の中に置いて見るのが一番のようだ。しかしそんな場所はない。(後日、画像の中だが、渋谷の街角に置いてみた。これ、かなり気に入っているが現実には不可能だ)

展示場所を思いめぐらしている頃、展覧会出品の話がやってきた。現実・風景の中に置くべきものをホワイトキューブで見せるにはどうしたものか。いろいろ考えた末、椅子の中の一番大きな裂け目(というより”穴”)に、風景の中にある椅子の姿を映像にして映し出す事にして、出品することにした。椅子の一部に風景が映像で映し出され、その風景の中に椅子があるということになった。

作品のタイトルは『コギトの椅子』とした。コギトはコギト・エルゴ・スムのそれだ。
私達の眼前に広がる、この”来るところまできた”近代の風景は、やはりデカルトが源流であろうと思っている。コギトから始まった近代風景。アジアの果てで最も鋭くせり上がったその風景の一角に育ったのだから、何かを思わずにはいられない。

ロダンはデカルトの影響を多く受けたそうだ。代表作『考える人』は世界的に有名で、多くの国にある。
あの像こそ、まさにコギト・エルゴ・スムの像だ。彫刻作品としては、もちろん傑作であり何もいうことはないが、人は何の上に座って考えてきたのか、いや何の上で生きてこられてきたのか、という視点はなく、そろそろ、その事をきちんと考えるべき時期に来ていると思う。

『コギトの椅子』が展示してある展覧会は、韓国のソウル南郊の果川市にある国立現代美術館で開催されている『アリラン・コッシ(ありらんの花の種)』というタイトルの展覧会だ。
遠いところばかりで展示しますねーと、よくお叱りを受ける。そういえば、東京では2000年以来展示していない。残念に思う。








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