行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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一バレルの石油に等しき我が人生
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このところかなり忙しかった。
幾日も徹夜同然などという生活はしたくてもできる年齢ではないので、なるべくタスクが集中しないように努めてはいるが、どうにもならない時期もあるようだ。毎晩深夜までの仕事が続いた。

こうなった時は得策などはない。とにかく、毎日毎日へばりつくように、期限の迫ったタスクからひとつひとつ片付けていくしか解決の道は無い。丁度、ロッククライマーが崖というか巨岩にしがみつき、一手、一足を、無駄無く、効率よく、ひとつひとつ力を込めて登って行くように、あゝいう気分で仕事を片付けていかないと、タスクのすべてを無事に成し遂げられない。少々の休息はとっても、他の考えに意識を奪われ、気持ちが飛んでしまうとだめだ。

へばりつき、しがみつきもピークは数日で過ぎた。
ほっと一息、ビタミン剤を飲み、疲れた目に目薬を注しながら…
人の生というのは所詮”へばりつき、しがみつき”なのか。。。などとしびれた脳で考える。
フーテンの寅さんの人気が出たのは、何ものにもへばりつかず、しがみつかなかったためだ。寅さんのようには生きたくても生きられない世の中となったからだろう。寅さんも、イージーライダーも、ヒッピームーブメントも何ものかへのもがき、抵抗、反作用であったことは確かだ。流行などではない。

あまり話題にもされないし、どこかの正式な調査報告もないが、都内の鉄道人身事故はかなりの数に違いない。
車内放送の『ただいま人身事故のため運転を見合わせています』に、他の乗客達は何を思っているのだろうか?ラッシュ時に予定外のところに停車した電車、流される放送、あの異様な濁った沈黙の空気は何とも形容しがたい。新聞のほんの小さな記事にはなってもニュースにはならない。何事も無かったように列車の運行は再開されるが、あの空気はなくなることはなく、乗客達が分け合い引っずっていき拡散する。

連休明けの出勤時間。一番ブルーな時だ。何だか事故が多いような気がする。
不慮、不覚の事故?自殺? 
会社から”へばりつき”を拒否されたのか、
ホームから見上げた青空に”しがみつき”の人生が突然むなしくなったのか、
あるいは休暇が無かった過労のため足下がふらついたのか、
知る由もないのだが、想像しがたいものでもない。

”へばりつき、しがみつき”は生きものとしては当たり前のことだ。
しかし近代に入ってからのそれは、それ以前とは比較にならない次元を迎えた。
すり替えられたのだ。
”へばりつき、しがみつき”は「仕組み」の義務となった。
生きよう、生き抜こうという本来的な生きる意思は、共同体を支えるための犠牲精神となり、一時の美しさを持つが、波がひき高揚が去ると義務だけが残った。そしてその義務がまるで宿命であったかのようにすりかえられた。生き、働く事は国家の、機構の、市場のための義務と定義された。

あこがれの一戸建てマイホームは、産業革命の頃のイギリスで始まった「制度?」だという。一家族一戸制は世帯数を把握するのに良く、税がかけやすい。管理しやすいということだ。
人々の”生”を数量として把握、活用、制限、はたまた品質管理までしようということになった。一兵士が一弾丸に例えられるなら、一個人は一バレルの石油と考えられていても何の不思議は無い。
一バレルの石油に等しき我が人生。。。
そこに生きる意味を見いだそうとしても、ムズカシイ。

最近、漱石が多く読まれているという話を聞いた。
多くの人が「気づき」「探している」のだ。
漱石はロンドン留学中から近代文明、近代性の限界を感じていて、相当手厳しかった。
開化、開化の奔流のような時代のベクトルに疑念を抱いていた人だ。
小説とは別の意味で文明論考や講演集などに教えられる事が多かった。

文明論、文明批評というのは、聞き手に敬遠されることが多い。
へばりついている、しがみついている現実とはかけ離れているから実感がわかない。
それが分かったところで自分ではどうして良いのやら分からない。
文豪、国民作家として尊敬される漱石だが、この面では当時としては”進みすぎていた”ほうではないのだろうか。懸命に西欧の近代を「坂の上の雲」として追いかけていた時代だ。
漱石の文明論を聞く人は頭がねじれる感じがしていたであろう。

(そういえば、司馬遼太郎は『坂の上の雲』を書くとき、漱石をかすめていったが、漱石の文明論をどのように思っていたのだろう?確かそのあたりに言及したくだりはなかったようだったが…)

“余裕派”とは、当時の自然主義文学者や浪漫派文学者が、漱石を揶揄して名付けたあだ名だったと記憶している。漱石は○○主義でもなく、○○派でもなく、漱石は漱石だった。そこのところが○○主義、○○派の人たちは気に食わなかったようだが、バカバカしい名だ。名付け由来のうんちくも知らぬではないが当を得ているとは思えない。明治の「近代人」として漱石ほど余裕が無かった人はいないはずだ。「近代」に合った新たな書き言葉を創出しつつ、大車輪で小説に立ち向かっていた。

汲々とへばりつく姿を吐き出すような言葉で作品にする。何ものかに傾倒耽溺する姿、心情を書き連ねるのも文学だ。しかし自分たちが乗る事になった汽車の、路面電車の、あるいは自動車のある社会が、人間に何をもたらすのか。新しい社会となって旧社会の道徳律が壊れた後、人は何を持って生きるべきなのか。

西欧文明は単に道具として進んでいるものが入ってきただけではない。文明を動かしている宗教、哲学、思想もドッカ〜ンと入ってくる。人々の”生”はどうなるのか。ドッカ〜ンは西を掠め、東を侵し、ついに眠れるアジアを収め、一神教世界観で世界を浸した。
漱石は「浸されつつある時代」そのものに対峙し、苦悩する。そして「近代作家」として後世に多くの道しるべを残した。

「このへばりついている”私”とは一体何なんでしょうか? へばりついていることにそんなに意味があるんでしょうか? そもそも何でこんな境遇になったのでしょうか?」
答えを探して、その道しるべをたずねる人が多くなったということではないのか。

漱石もドストエフスキーも、若い頃に無我夢中で読みふけった”山”だ。
また、そろそろ分け入り登ってみたくもあるのだが、今は遠くから望むその山の大きな姿になんだか気後れしている。



passenger
作品『降りることはかなわず』陶、焼き閉め




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