行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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かの地も、この地も武蔵国のうち
kamosu

東京国立博物館での阿修羅展がすごい人気らしい。
『興福寺ではケースの中に入れられているが、ここではガラス越しでなく見られるので非常にいい』
こんなコメントをどこかで読んだ。
…??
ケースの中に入っていたかな〜??
確か昔は入っていなかったような気もするが、三十年も前の記憶だからおぼつかない。
真夏の奈良を汗をふきふき歩き回り、ひんやりした寺の堂内で、深いため息をつきながら見た記憶だけが鮮やかに思い出される。

あの阿修羅像は乾漆でできているし、細い腕が長くて数も多いので、運ぶのは大変だ。
運搬料もかなり高額だっただろうから、十万人単位の観客動員に関係者の方々は安堵していることだろう。
いや、おつりのほうが大きくて笑いが止まらないというほうが当たっているかも知れない。
三十年ぶりの古い友に会いに行くように、上野に行く気もなくはないが、
やはり奈良の風景の中で再会したいので、行かない事にする。
次の「奈良のイケメン」との再会が、たとえガラス越しであっても仕方ない。

人混みはかなり苦手なので、連休中に出かける事は滅多に無い。
阿修羅展に行かないもうひとつの理由だ。
この連休中もほとんど家に居て作品、本、テレビと向き合っていた。
ただ運動がてら近所はちょくちょく散歩した。
中氷川神社に行ってみた。

一年ほど前、飯能にある郷土資料館で、模型でできた遺跡地図を見た。
その模型地図の範囲は、飯能ばかりでなくその周辺まで含まれていて、我が家の周囲も入っていた。
「縄文」のボタンを押すと、縄文遺跡の場所の豆電球がつくという、定番のやつだ。
土地勘の働く、自宅の近所に注目しながらボタンを押してみた。

古代からの神社として、「中氷川神社」の表示がでた。
農道を広くしたような、やたら車がスピードを上げて行き交う県道の脇に、石の鳥居が立っている。あの神社は、いにしえからのものだったんだ。

神社の前に立つ。
鳥居が県道に面してやや窮屈に立っているが、そちらが本参道とのことだった。
おそらく県道がつくられるとき、参道を容赦なく横切ったのだろう、本来の参道はもっと長かったに違いない。

境内に入り、由来書を読む。境内には他に誰もいない。

『創建ー崇神天皇の朝に創始せられ、武蔵國造の崇敬厚く……』
崇神天皇とは、実在したのではないかと言われている第10代の天皇。
在位が紀元前97年から紀元前27年という。その御代に造られた神社というのだから相当古い。

『御祭神ー素戔嗚命(すさのおのみこと)、稲田姫命(いなだひめのみこと)、大己貴命(おおなむちむちのみこと)』
なるほどスサノオを祭っているんだ…

『社殿ー後鳥羽上皇の御字に…
    山口領主高治が…
    昭和六年から…
    御本殿は出雲大社造(心の御柱二十五尺)、古御本殿は元禄二年造立の春日造鱗葺社殿』
エ、エ!!本殿が大社造(たいしゃづくり)??

別に神社巡りが趣味ではないので、そんなに多くの神社に行った訳ではないが、
出雲地域以外で大社造の神社を見た事が無い。
出雲からとんでもなく離れたこの地域に、なぜ大社造の神社があるのだろう??
とにかく本殿を見てみることにして、階段をかけ上った。

上には拝殿があり、その横を回り込み、本殿の斜め前に立つ。たしかに大社造だ。
屋根は、檜皮ではなく銅板葺きだが、千木(ちぎ)も鰹木(かつおぎ)もある。
高床の本殿に入るために急な階段がある。本殿の平面は正方形で、建物の周りをぐるりと回廊がついている。本殿は山を背負って立ち、前には拝殿がある。出雲のおおやしろと同じだ。
「なぜここに…」
しばし不思議の感にうたれていた。

拝殿前に戻り、上ってきた階段から眼前の風景を見る。
小高いので見晴らしはいい。この感じ、このロケートをどこかで記憶した覚えがある。
拝殿を背に、右に向かうと「和魂宮」という建物があり、通り過ぎて坂道を降りていくと、拝殿前の階段下にでる。「かもす」に似ている。

昨年夏、出雲大社の特別拝観を見たあと、古代出雲歴史博物館や荒神谷遺跡をめぐりつつ、レンタカーで松江へと向かった。++2008年8月稿「夜明け前の境内を急いだー出雲のおおやしろ」
この短い旅は、まず出雲大社を再び訪れる事、そして松江の神魂(かもす)神社に行くことにしていた。
神魂神社の本殿は現存する最古の大社造だと聞いていたからだ。出雲のおおやしろは1744年の再建築。一方、神魂神社の本殿は1583年の再建築で160年ほど古く、その分いにしえの姿に近い。

車にはナビがついているのだが、使い方が良く分からない。来る前にネットで調べたおおまかな地図を頼りに車を走らせ、幾度か近くを行ったり来たりしながら探し当てた。宍道湖からそう遠くない、小高い丘にあった。

ゆるやかな坂道の参道をのぼっていき、急勾配の石の階段の上に拝殿、そして本殿があった。
たしかに大社の本殿に比べると、大きさは小振り…高さが半分ながら、かたちは骨太な太古の趣を感じさせる。本殿も感動的ではあったが、何より神社全体の醸し出す雰囲気が、いにしえよりの聖域そのものであることを物語っている。詳しく調べてはいないが、おそらく創建当初から大規模な土木工事はなされずに今日に至っているに違いない。

その「かもす」に、この「中氷川神社」が似ている。
この所沢という地は、明治時代に陸軍が日本初の飛行場をつくったというくらいの話しか無く、主に戦後に宅地として開拓開発されたところだ。歴史時間の煮詰まりを感じさせるようなところはほとんどない。釈然としない気持ちで、再び由来書の前に立って、それを眺めていた。

そこに運良く、宮司さんと思われる方が通りかかられた。
人気の無い境内で、中年男が長い時間何をしているのかといぶかられたのかも知れない。
その方に、疑問を尋ねてみた。

以下は、そのお話----
本殿は、昭和2年に、その時の宮司さんが大奔走し、国の役所などから何とか許可を得て、大社造の本殿を建てる許可を得て建てることができました。終戦までは自由に本殿などは建替える事ができずに国の許しが必要だったのです。実は江戸時代も幕府の許可が必要で、それはかなり厳しいものだったようです。

大社造の本殿というのはかなり珍しく、その時の宮司さんが出雲などに出向いて研究されたそうです。きっと神魂神社にも行かれたことでしょう。この一帯は古代に「出雲族」が多く住んだところで、その近くには「渡来系」の人々の集落も多かったらしいです。出雲族と渡来系は共に鉄器生産で連携があったようで近くに住んだか、あるいは国の命でそのように住まわされたのでしょう。

ここには、昭和四年に近くの山口貯水池をつくる際に湖底に埋もれた旧勝楽寺村にあった七社神社を合祀しています。旧勝楽寺村とは朝鮮半島より日本に渡来した百済人、高麗人の居住した地と伝えられいる村です。
----おおよそ、こんなお話だった。

想像だが、創建時この神社の本殿は大社造だったであろう。昭和2年の建替え時の宮司さんは、その歴史をひも解かれて、復興すべく奔走されたのであろう。戦前はどの役所が、神社の立て替えなどを管轄していたのかは、これから調べるとして、長く国によって宗教はコントロールされてきたことを物語るエピソードだ。大和朝廷以来、出雲族に気兼ねをし出雲族を恐れてきたことだけは確かなようだ。それが形式上とはいえ20世紀まで続いていたとは、気が遠くなる。

話を聞きながら、古代の風景がパノラマのように広がるのを感じた。
同時に、自身の”近視眼脳みそ”を恥じた。
歴史を今の地理感覚で計っては駄目と、常々感じているのに、ついつい「いま」を基準に物事を考えてしまう。

ここから北西へ向かえば、日高というところで、高麗神社がある。
一帯は高麗郷といい、むかし渡来系の人々の里であった。
高麗神社は、この里の長でもあった高句麗から渡来した高麗王若光を祭っている。
高麗の先は霊地秩父だ。

反対に、南東に下ると府中だ。武蔵国の国府が置かれた地だ。
周辺はいまだに武蔵を冠した地名が多く残る地域だ。
府中は、多摩川に沿うようにあり、多摩川は渡来系と縁の深い川であることは良く知られている。
府中には大国魂神社があり、大国魂大神が祭られている。
大国魂は出雲大社の御祭神・大国主の別名であり、大国主はスサノオの子(もしくは子孫)である。

20世紀の渡来系であるぼんやり頭の筆者は、生まれは山梨だが、生後何ヶ月かで東京に、以来多摩川の丸子橋付近で育った。原風景はと自問してみても多摩川の風景しか浮かばない。長じて家族を持つ頃にバブルがやってきて、その波に押し流されるように、住み慣れた城南を離れ、新興住宅地所沢にやってきた。

縁もゆかりも無いところにやって来たと思っていたが、近視眼鏡を外してみれば、かの地も、この地も武蔵国のうち、まんざら縁がなくもなかったということのようだ。

kamosu4

※写真は二枚とも島根県松江市にある神魂神社





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