行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
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「去り行く風景」死と生
去り行く風景

もう三十年も車の運転をしている。
こんな姿を車の運転中に時折見かけることがある。
車の後部座席に乗っている子供達が、進む方向とは逆向きに座り、リア・ウィンドウから外を眺めている。後ろを走る車に手を振ったりする。
彼らが見ている風景とは「去り行く風景」だ。
視界の脇に現れたビル、電柱、人、車…風景がみるみる遠ざかり、やがて見えなくなる。

「去り行く風景」は、シーンとして映画やドラマの中でも使われたりする。
列車の窓際に座り、車窓外を眺める役者。
列車が発車しスピードを増すとともに、街の景色が段々と小さくなっていく。
役者は小さくなっていく街を眺めながら、その街で起きたことなどを回想するーといった演技をする。
「去り行く風景」は過去そのものだ。

今月初めに、福島まで車窓の人となったが、新幹線なので「去り行く風景」を楽しむゆとりもなく、おまけに滞在4時間という慌ただしいものだった。
福島には、県立美術館で展示している旧知の美術家・金暎淑(きむ・よんす≒よんすぎ)の作品を見に行った。
知己の展示とはいえ福島は近くはない。その作品タイトルに惹かれ行ってみる事にした。

『毎日死んでいく私のためのお葬式』と題されたその作品は、100枚の写真によるインスタレーションだ。面白く、そして考えさせられるものだった。
作品は、ある日の作家自身の葬式用ポートレートから始まる。ある日の「死」のための写真だ。
次の日は前日撮ったポートレートを胸に持ち、その日のポートレートを撮る。
その次の日は、また前日撮ったポートレートを胸に…… 。
一日、一枚。この繰り返しを100日間行い、100枚の写真としたものだ。

例えば、7月31日の写真には、7月30日に撮った写真を持った「私」が写っていて、
その30日の写真には、29日に撮った写真を持った「私」が写っていて、
その29日の写真には、28日に撮った写真を持った「私」が写っていて……
理屈で作品を解釈すると、最後の100枚目、つまり11月2日版には、1枚目から99枚目までの写真が写り込むということになるが、実際にそんなことはありえない。一目で確認できるのはせいぜい5、6日分だが、それで十分だ。「去り行く風景」のように、またたく間に風景は小さくなっていき見えなくなってしまうように、5、6日前のものは見えなくなってしまう。

彼女は、始まりを自身の誕生日である2008年7月26日を選んでいたが、そこに深い意味は無さそうに思えた。それは最後の日であった11月2日にも、100日という期間も同様だった。任意の「ある日」から、「ある日」までと受け取るべきことだろう。特定の誰かではなく、人は誰も、いや生きとし生けるものはすべて、「ある日」を迎え、そしてその「ある日」を見送り、また「ある日」を迎える。表現は作家特定だが、意味は普遍的だ。

昨日の「死」が、今日の「生」となる。
「死」がなければ「生」もない。
「毎日死んでいく私」は「毎日生きていく私」という意味だ。
「死」とは去っていくことで、「生」とは、今ここにいる、ここにあるということだ。
無心に「去り行く風景」を見る後部座席の子供達、あれにはそんな楽しみがあったのか…

この展示は、他に宇田義久、KOSUGE 1-16 という出品者と共に『福島の新世代2009』という福島県立美術館の企画展として行われたものだ。三つの展示はそれぞれが表現形式の全く違ったものであったが、〈「見せる」もの〉=現代美術という面においては、同じ次元にあるものであった。
三者の〈「見せる」もの〉をそれぞれに楽しみ、ぼんやりした頭で展示場から出た。

さて…… 
常設展示でもと二階の会場にノロノロ上がっていった。
暗い会場に入ると、何かがこちらを見ているような気配を感じ、緊張した。
『居るな…』
「居る」とは、「在る」と同じだ。
場内には十点ほどの彫刻が展示してあった。
その彫刻達の存在感が、こちらを見ていると感じさせたのだった。

中でもぼんやり頭を正気に戻してくれたのは、ねずみを写実的に彫った小さな彫刻作品だった。
鳥肌が立った。
『ただ者じゃないな…』
まるで剣豪のような仕事だ。
キャプションを覗き作者を確認した。
「佐藤朝山(玄々)」

福島に〈「見せる」もの〉を見に来たが、〈「在る」もの〉とも出会った。
「居る」「在る」と感じさせるものと出会うのは、ほんとうに久々だ。
つい、ほんのちょっと前まで、美術は「在る」ことに拘って数世紀を経た。
ダ・ヴィンチは『モナリザ』をそこに「在る」「居る」ように描いた。
「まします」から「在る」への移行だった。
「在る」に迫る力、佐藤朝山(玄々)の力量は大変なものだ。

名前は以前から知っていた。
少し前にも平櫛田中美術館で作品のひとつ『聖徳太子像』を見ている。
なぜ、こんなに凄い彫刻家だと分からずにいたのだろう。
帰宅してネットで調べてみて、合点がいった。
往時から天才と呼ばれていたそうだが、代表的な作品の大半が終戦間際の大空襲によって失われたということだ。本当に残念だ。

「去り行く風景」の中から、いまに向かって光を投げかける〈「まします」や「在る」もの〉達、そしてそれらばかりではなく、地上のすべてを焼き尽くし焦土とできるウルトラな力を持ってしまった『現代』
甲斐性もないくせに、今日もぐずぐずとあれこれ思ってしまう。


福島県美
福島県立美術館
http://www.art-museum.fks.ed.jp/menu_j.html







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