行方の行方

このサイトは盧 興錫による『風景の行方、作品の行方』http://rofungsok.ro21.orgの続編です。
流砂のような時間 映画『キャピタリズム』 
capitalizm

capitalizm



映画館を出ると、新宿の夜空に雪が舞っていた。
今年は雪が多い。
映画はマイケル・ムーア監督の《キャピタリズム 〜マネーは踊る〜》見終わった後味は「面白さ」と「物憂さ」が入り交じった気分だった。
原題は《CAPITALISM: A LOVE STORY》で、どちらかというとこちらのほうがいい。
お金を愛して愛してやまない人たちの物語。

映画は楽しめた。描かれている事実は憤りこそすれ、「楽しむ」という語は妥当ではないのだろうが、不穏当にも面白くみてしまう。この辺りがこの監督の“戦略”でもあるのだろう。

フィルムの中での進行役は監督自身がしているので、インタビューを受ける相手も、ついこの監督のペースに引き込まれている。ウォール街の金融機関の玄関前で袋を片手に「私たちの金を返せ!!」というパフォーマンスも監督自身がやっているのだが、警備のおじさんも憎めない相手に心から怒れないといった感じだ。

結論も分かりやすい。
資本主義は元来悪いものではない。「強欲」が悪いのだ。
疑問はもっているのだろうが、資本主義への根本的な批判は無い。
「強欲」に走れないようなシステムにすべき、というものだ。

映画宣伝のために来日した監督はテレビ番組のインタビューにも愛想良く答えていた。
聞き手の質問。
「あなたは映画で資本主義を批判している。それは社会主義がいいということですか?」
何とお粗末な質問だろう。
そういう質問が多くて、ムーア監督も辟易してたようだ。

資本主義と社会主義は兄弟関係にある。資本主義が勃興することにより、社会主義(共産主義)が発明された。ムーア監督が「あの頃はよかった」と振り返る彼の幼い頃のアメリカ資本主義は、ソ連社会主義との冷戦初期で激しくつばぜり合いをくりひろげた頃だ。互いが反面教師となり、相手より優れた社会であることを競っていた。

資本主義があからさま強欲獣、居直り強盗となりさがったのは、ライバルがいなくなり緊張感がなくなったせいだ。
社会主義の崩壊は、資本主義の勝利ではなく、共に衰退したと考えるべきなのだ。
社会主義も資本主義も「食い尽くし型」「独占型」という点では、まったく同じで、この文明は曲がり角に来た、このスタンダードはもう限界に来たということなんだ。

映画は、そんなことまではもちろん言ってはいない。
その点が見終わって「物憂さ」を感じるところだ。
昨年だったか『There Will Be Blood』という映画を見たが、まったく同じような気分になった。ふたつの映画のスタイル、内容は当然違うのだが、流れている思想が似ている。『There Will Be Blood』もいい映画で、印象深いシーンも多い。ただ「物憂さ」が下っ腹あたりにどんより滞ってしまった。

それにしても、ムーア監督の手段、手法がうらやましくもある。
自らが生きている社会について、素直な疑問や批判をありのまま「作品化」するということだ。
彼が描こうと目論んだことを美術=アート作品にしようとしたらどうなるんだろう??

ブッシュを白雪姫に、ゴールドマンサックス出身の財務長官等を七人の小人として見立てて、大きな陶製のフィギュアでも作ろうか?世界地図の形をした芝生の上にでも置いたらイケテルかもしれない。

あるいは、原寸二倍の大きさのドルや円、元(ゲン)の模造札をたくさんつくり、それを素材に豪華な部屋、家具、調度品を作ろうか?観客のみなさんにそのリッチな部屋で紅茶など優雅に飲んでもらうのも良いかもしれない。
実際そんなようなアート作品もある。

埒も無い想像だ。
バカバカしい。
しかしそんなバカバカしいことくらいしか、いまはできる余地が残されていないのかもしれない…

彫刻は、自らが生きている社会のありのままを「作品化」するのはむずかしい。
映画とは違い、長い時間の鑑賞に耐え得るものにしようとする「性根」のせいでもあるし、「生態」そのものがそれに適さないとも言えるだろう。

彫刻はありのままから、何ものかを抽出し、それを木なり石なりブロンズに定着させようとする。時間軸を使って導いて行く表現ではなく、時間そのものを閉じ込める表現だからだ。
流れの速い流砂のような現代の時間から、何ものかを抽出するのは至難だ。

流砂のような時間にそうように、美術も「商品化」「情報化」してきている。
「更新」は当たり前だ。
歩みが遅かったものも、いまや速成へと追い込まれている。
抽出している間に、新たな美術商品、美術情報が、ディスプレーを飾り、瞬く間に更新されてゆく。
更新に次ぐ更新。
果てしもない。

流砂に押し流されないようにするには、どうしたら良いのか?
便器の中の排泄物のように、レバーひとつで、流されてしまわないようにするには、どうしたら良いのか?
答えは簡単らしい。
「有名」になればいい……
周りを見渡すと、こういう答えを持っている人たちばかりだ。
「有名」は正しく、「無名」は無価値。
無名は排除される運命にある。流される運命にある。
こういうことらしい。

『キャピタリズム』の中で、ムーア監督は言う。
アメリカ人の多くは貧困や差別の中でも、不公平であろうが理不尽であろうが、「サクセス」を夢見ることにより生き抜いて来た。そうアメリカン・ドリームというやつだ。
結果、素朴にサクセス・ストーリーを信じて来た大半の人たちは、ほんの一握りの「サクセス」した人々により、騙されやがて身ぐるみはがされ、家からたたき出されることとなった。

そういう意味で映画のサブタイトルは、「マネーは踊る」、「A LOVE STORY」より「流されてしまった人々」でも良かっただろう。


風景の箱

上の写真/映画『キャピタリズム』のパンフ
下の写真/作品『風景の箱』内部
| 映像の風景 | 17:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
何て世界は素晴らしいのだ”
newyork

夜寝る前に必ず歯磨きをするが、ついテレビの前でしてしまう。
右手に歯ブラシ、左手にリモコンをもち、チャンネルを変えつつ歯を磨く。
どこもCMになると、泡だらけになった口をすすぎに行き、歯ブラシを取り替えて、
また、テレビの前に座り、磨きつつ見る。

行儀が悪いのだが、これも「テレビッ子」第1世代の宿命と家人にはあきらめてもらっている。ものごころついた頃には、もうテレビがあり、小学校の高学年の頃にはカラー放送されていた。テレビで育ったというくらい、子供のころはよく見ていた。
日曜は、午後は東映の時代劇、夜は日曜洋画劇場というのが定番だった。
十代後半からは、あまり見なくなったが、その後も必須ツールである。

ここのところオバマ新大統領の顔を見つつ、歯を磨く事が多くなった。
オバマ大統領就任は、アメリカ国内ばかりか世界を熱く沸き立たせたようだ。
演説がうまい。聞く人に「高揚」感を与えつつ、「説諭」もしている。
勝利演説、就任演説ともにテレビで見たが、アメリカ大統領の演説をちゃんと聴いたのは始めてだった。

映し出されたオバマ大統領の顔を見ながら、あるテレビのドキュメンタリー番組を思い出した。アメリカのある都市の黒人居住区=ゲットーに生まれ育った兄と弟の話だ。
見始めたときは番組はもう始まっていた。
冒頭を見逃したので、その兄弟が育ったゲットーがどこの都市で、何人兄弟だったのかと言った事は分からない。

東北アジアに生まれ育ったものには、ゲットーという語に何の記憶も感慨もない。
ゲットーとは本来ユダヤ人強制居住区を指す言葉だ。ヨーロッパのほとんどの国にあり、16世紀から19世紀初頭までユダヤ人を強制的に閉じ込めていた。住み分けー居住区といったやんわりしたものではない。石壁で囲い、外出は許可が必要だった。
映画『戦場のピアニスト』の中で、ナチにより再びゲットーが作られる場面がでてくる。街区をそっくり刑務所、収容所にするのだ。映画の中でゲットーの中の門が閉まるシーンが出てくるが、まるで家畜の群れのように人々が扱われる。強い憤りで吐き気がした。

ユダヤ人ゲットーと黒人ゲットー、一見、縁が薄いようにも思えるが、関係ないわけがないだろう。黒人ゲットーは奴隷貿易の産物だ。
どちらも16世紀から19世紀のヨーロッパが主役だ。ルネッサンス、宗教改革、大航海時代、奴隷貿易、価格革命、世界の一体化…近代の始まりだ。

ともかく、アメリカにある黒人居住区ゲットー、石壁まではないだろうが、それに匹敵するくらいのバリアがあったし、21世紀の現在もまだ存在し続けている。
もちろんゲットーだけではなく、その外でも人種分離政策はとられていた。
就任演説の中にでてくる、「60年前には食堂で食事をすることさえ許されなかった」とは、そのことだ。差別、疎外、排除の結果としてのゲットーでは、構造的にほとんどの人々は貧困となる。

兄弟は当然のように極貧家庭に生まれ育つ。
それでも利発で成績の良かった兄は、奨学金を得て、大学に進学、知識人として社会的な成功を収める。
一方、弟はゲットーにいて、黒人解放運動へとのめり込んでいくが、為す事すべてうまくいかずに、やがて犯罪に走り逮捕され、刑務所に入れられる事となる。
兄と弟は、社会的な立場が違いすぎ、相互に反発しあっていたが、刑務所に入れられた事をきっかけに対話を始める。そして対話により、兄は認めようとしていなかった黒人としての自覚、視座を取り戻していく。

フィルムの後半、兄が自分の息子を連れ、自身のルーツをたどる旅が印象深い。
アフリカから奴隷として売られてきた曾祖父。その売買記録を購買先の地方役場で探し出す。記録簿には、名前に続いて、どこの農場にいくらで売られたかが書かれてある。
ウィリアム・スミス ○○農場 10ドル
こんな感じだ。
名前も値段も番組内容とは全く関係ないが、詳細は忘れてしまったので、
実感が伝わるようにあえて作って書いてみた。

奴隷売買、人身売買については歴史として学んで知っていたが、リアルではなかった。しかし、アメリカの地方役場の古い書庫の中に、いまだに保管されているその書類は、まるで腹わたに触れるように歴史の「現実」を照射していた。
テレビ画面の向こうにいる兄と弟は、私たちと同時代人だ。
会いにいけば、会う事ができる。
そのナマな「現実」は、私たちの現実でもある。

歴史は「叙述」され、「説話」化される。
その「叙述」「説話」に、「近代への序章、大航海時代はアフリカ、アジア、中南米の数十、数百万の悲鳴、慟哭、屍の上に成り立った。」と書き足しておこう。
そして、それらのすべてが私たち自身の「いま」をかたち作ってもいるということを。
人の歴史は近代、現代とめまぐるしく歩みを進めてきたが、「暴力」という深い河は何も変わらずに黒く広く滔々と流れている。

子供の頃、もちろん国産のテレビ番組はたくさん見た。
『月光仮面』『てなもんや三度笠』『ウルトラQ』…など記憶に残っている。
アメリカのものも、数多く見た。
『ララミー牧場』『コンバット』『奥様は魔女』…などなど
洋画も邦画も数えきれぬほどテレビで見た。

フランク・シナトラ、ディーン・マーチン、サミー・デービスJrなどが出ていたハリウッド映画もよく見た。
そんな中でもジャズマンのルイ・アームストロングが役柄もステージミュージシャンとして登場していたのがあって、歌も風貌も大好きだった。
「この素晴らしき世界」を大ヒットさせたサッチモ=ルイ・アームストロング。
彼も人種差別に苦しんだ一人だった。








| 映像の風景 | 13:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
渋谷、シブヤ、shibuya
shibuya


渋谷、シブヤ、shibuya
幼いころから東横線沿線に暮らしていたので、渋谷はあまりになじみ深い街だ。
屋上にプラネタリウムのあった文化会館には映画館もあり、中学生の頃よくロードショーを見に行った。同じビルには三省堂という大きな書店があり、本を探しつつ立ち読みし、二時間、三時間と時が経った。大学生のころまで続いただろうか。

都内から郊外へ引っ越して十数年経った。シブヤとも縁遠くなった。
折につけ立ち寄る事もあるが、その急ぎ足の変貌ぶりにどこかついて行けないものを感じていた。祭りでもないのに、とにかく人が多すぎて、歩くのに難儀する。人の波に流されるので、ぼんやりもしていられない。人々が用はなくても来る街になったということか。

駅前のスクランブル交差点の信号の変わり目は、さしずめ『ロード・オブ・ザ・リング』の最終決戦のようだ。信号が変われば、反対側にひしめいている人々が一斉にこちらの陣に向かって攻めてくる。

そんなshibuyaに久しぶりに来た。映画を見にきた。
人混みの中をノロノロ歩いて行く。センター街、公園通り…
ニュースやワイドショーで時折見かける顔を真っ黒くした若い女の子などは見当たらない。
まだ明るい…
深夜ともなれば、この通りに家に帰らない中学生や高校生が片手にケータイをぶらさげ、ウロウロしているんだろうか?
そんなことは数ヶ月前までの事で、いまはまた新しい風が吹いているのだろうか?
映画館を目指して歩いている目には何も探せない。

映画は『ダーウィンの悪夢』というドキュメンタリーだ。
シネマライズという館には初めて来た。
「世界中の映画祭で絶賛の嵐が吹き荒れ、グランプリを総なめ」というコピー
…そうだろうな…、異議無し
「一匹の魚から始まる悪夢のグローバリーゼーション」というコピー
…ナイルパーチという魚名が妙に頭に残り、この魚が環境汚染のために、あってはならない進化を遂げて、それを食べている人間が大変な事になるといった話ではない。見る前はそんな映画かなと思っていたが違った。

ドキュメンタリーではあるが、登場する人たちがおのおの陰影深く印象に強く残る。
ストリートチルドレンと同じ境遇でありながらも雄々しく生きぬき、このどうしようもない現実を絵に描いている少年。その絵がすばらしい。
研究所の守衛をしている中年の男。毒を塗った矢じりを舌なめずりするような顔は悪魔の使いのようにも見える。
ナイルパーチをヨーロッパに運ぶウクライナ人パイロット達、それにすがる娼婦達。

子供達が、拾って来たプラスティックを焚き火で燃やす。
そのガスを吸い込むと頭がクラクラして何も考えなくなるらしい。
暴力、性的暴行、エイズ、飢餓、困窮…の恐怖から逃れるためだ。
二度と目覚めない子供もいるらしい。

映画が終わり、再び街にでる。
映画を見終わった目に映る街の風景は、まるでセットのようにキレイだ。
こんなディズニーランドのような街にもチルドレンがいるというから不思議だ。
きっと家はあるが家には帰らず、帰れず、
学校に席はあるが、あまり行かず、
ストリートshibuyaのハンバーガーショップやファミレスでナイルパーチを食べているのだろう。
大きな大きな囲いの底にうろついているこの私も、たまに食べている。

囲いの向こうにナイルパーチが住むタンザニア・ヴィクトリア湖が見える。
| 映像の風景 | 20:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
あるべきところから外れ、さまよい続けるのがいい
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イスラエルがヨルダン西岸で進めている巨大な「分離壁」建設の映像をテレビで見た。
高さ8メートル、全長730Kmのコンクリート壁でパレスチナ自治区と分離するために作られているという。東京-神戸が確か700キロくらいだ。おまけに高圧電流付きだそうだ。
その壁の凶暴な姿は、テレビ画面でのニュース映像ですら十分すぎるほど感じとれるものだった。

1989年、ベルリンの壁が崩されるのを同じくテレビで目撃した。
人々が壁をハンマーで打ち壊す、そのドラマチックな映像は何度も何度も繰り返し流された。
おそらく20世紀を回顧するときには必ず使われる映像であろう。
しかし、壁を打ち壊す光景の次に目撃したものは、場所は違うが、新たな壁を築く光景であった。

人類は「進歩」しているのだろうか?
これも「進歩」のための過程/試練のひとつなのか?

つい先日、『エドワード・サイード OUT OF PLACE』という映画をポレポレ東中野で見た。
イスラエル/パレスチナには全く縁もゆかりもないであろう日本人制作者/監督による、故サイードの「風景」を追ったドキュメンタリーだ。
文句無く傑作だった。
縁もゆかりもどころか、利害や因縁が深すぎるほど深いアメリカ人では撮ることはむずかしかろうなどと思ったりした。

分離壁/隔離壁も出てくる。
工事中の壁をまるで日よけのようにして寄りかかり、質問に答える子供達
様々な地域や国から移住してきた人々で国が成り立ち、風貌やしぐさ、習慣にアイデンティティーを見いだせないイスラエル国内
東欧から移住してきたキブツのおじさん
イスラエル領土内に残り、タバコの葉を栽培し売っているパレスチナ人のおじいさん
パレスチナ難民キャンプでのお父さん

この映画は、難民キャンプの狭い路地を(撮影に協力した)男性の歩いていく後ろ姿をラストシーンとしている。
いい終わりだった。
時や場所は違えどサイードも多く見た、あるいは心にいつもあった風景だったであろう。

「あるべきところから外れ、さまよい続けるのがいい。けっして本拠地など持たず、どのような場所にあっても、自分の住まいにいるような気持ちは持ちすぎないほうがよいのだ」
サイードの言葉を、ここにも残しておこう。

ポレポレ東中野での上映は12月29日まで

ポレポレ東中野-hp
http://www.mmjp.or.jp/pole2/

SIGLO-hp
http://www.cine.co.jp/said/index.html

写真は映画にあわせて刊行された書籍
『エドワード・サイード OUT OF PLACE』
みすず書房
採録シナリオ全編、佐藤監督の制作ノート、カットされたインタビューなど

| 映像の風景 | 17:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
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